その橋は娑婆と軍隊の境目だった

GRD4 ベルジアンタービュレン 行って来た

今日は早く仕事も終わったので明るいうちから出かけた

今回はいつものルートから外れて大須方面に行くルートの一つ本町通りを行くことに
写真は名古屋城二の丸の石垣で上には櫓があり門があったとか。


シーズンになればヒメボタルが舞う外堀にかかる橋それが「本町橋」だ。
そしてこの橋までが旧名古屋城内でもある

戦争が終わるまではこの橋のこちらが軍事施設で橋から向こうが「娑婆」で街だった。

名古屋で明治モノ数少ない。貴重である。

旧陸軍の物だった為、橋には陸軍の象徴たる星の意匠がつけられている
ちなみにバックに映っている外堀に蛍が舞うまたここには36年前まで名鉄瀬戸線が走っていたがその痕跡はもうない


大須方面に向かおうとしたが説得しなんとかいつもの城一周へと戻れました。

先週木曜あたりからあった階段を登ると痛がる不調はほぼ回復したようです。

多分公園で柵越えジャンプしたときに打ったようで。

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“その橋は娑婆と軍隊の境目だった” への2件のフィードバック

  1. いちこ より:

    ハッピー 痛みがひいて良かった〜〜!!
    年代物の背景が いい感じ(^^)

  2. 烈風 より:

    ありがとうございます
    この名古屋城に居た部隊にうちの祖父、高校の先生や台湾元相当李登輝さんとかが居たりします。当時の陸軍の施設で残ってるのは司令部の煉瓦塀の一部ろ城内の弾薬庫とこの橋ぐらいなんですよ(兵舎、病院は犬山市の明治村に移築され)。

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